停電26時間の奮闘記
今タイトルに26時間と書いて、え、たったのそんな時間だったの!と思いました。
9月6日の北海道厚真で起きた地震と、過去にない北海道全域での停電。
やっと落ち着いた今、滅多にないこの経験を記録として残しておこうと思います。
9月6日
午前3時頃。
電話の子機がビービー鳴ったので目が覚める。何だろうと思って起き上がると同時に地震。
ほんの数秒でおさまったので子機を見に行くと”停電”の表示が。
昨日の台風で倒れかけてた木が電線に引っかかったのかな?と思って外を見る。
野中の一軒家なので、どこから停電してるのかわからず。ブレーカーを確認したが落ちてない。
うちだけの停電なのかな?わからないけど、まだ3時だし、寝よう。と思ってベッドに入る。
目を閉じながら、ふと、このまま電気がこなくても、空気はいつもここにあるんだなー。なんて思う。
何かを予感していたのだろうか。
午前4時半。
白滝の町中に住んでいる父が出勤。聞くと白滝の全体で停電してるらしい。
停電からもう1時間以上経ってるのにまだ回復しないとは、何があったんだろう。
すぐ復旧するかもしれないので、とりあえず放牧している牛を呼んで牛舎に入れる。
時間がかかるかもしれないのでエサは少なめ。
エサが多いと乳が張ってしまうから。
地下水を電気ポンプで汲み上げている為、水も出ない。
隣町に住んでいる農協の職員さんに電話すると、隣町も停電しているとのこと。
これはかなり大事なのかもしれないと不安になる。
午前5時半。
なかなか電気復旧しないので牛に乾草を食べさせて待たせる。
分娩したばかりの牛は、乳が張って痛そう。
いつもは大人しい牛たちもなんだかソワソワしてきた。
隣の酪農家さんが、この前大きな発電機を買ったと言っていたので、様子を見に行ってみる。
初めて使う発電機で、接続に手間取っていたらしい。
私たちが行く頃にやっと発電が始まったみたいだった。
そこで初めて、安平の方で大きな地震があったらしいという情報が入る。
午前7時。
母も来てくれて、どうしようか話し合う。
冷凍庫のアイスと冷蔵庫のソフトミックスは、もう廃棄覚悟で放置。
少しの望みをかけて、中が心配でも冷凍庫の扉を開けないようにする。
牛は乳が張ったまま放置すると、痛いし、乳房炎になってしまうのでどうにか搾らなくてはいけない。
3人で手搾りすることに。単純計算で一人7頭。頑張ればいけるか。。。
午前7時半
乳が漏れてる子を優先に手搾りを始める。
この機械化の時代に生まれた私は、一頭でも手搾りで搾りきった事なんて一度もないんですが。
搾っても搾っても乳張ってくるーいつ終わるんだー手が疲れたーずっとしゃがんでる足も疲れたー。
一頭に何分かかったんだろ、20分はかかってる。
気分転換に、搾った牛乳を子牛に哺乳する。
父も母も一頭目を終えて大きなため息をつく。これ、いつ終わるのか…?
二頭目を搾り終える頃、左手の指がもうやばいと言っていた。
その時!
隣の酪農家さんが様子を見に来てくれて、うちに小さい発電機あるけど使う?と言ってきた。
神!ここに現る!
小さい発電機だとミルカーは動かないけど、一頭づつ搾るバケットは使える!
このまま手搾りだと7頭すら私の手では無理でしたわ。
午前8時半
発電機と小型真空ポンプでバケット搾乳を始める。
いつもより4時間ほど搾乳時間が伸びたので一頭あたりの乳量も増えてて時間がかかる。
しかし、ミルカーを発明した人を心から尊敬する。
せっかく搾っても保冷できないので、搾った牛乳は糞尿を捨てるところに捨てていく。すごい量だ。
全頭の搾乳を終え、放牧地に放し、掃除を終えて時計をみると、11時半だった。
それから離乳している子牛に、お風呂の水をあげる。
がぶがぶと飲む子牛を見ながら、昨日私が入ったお風呂の水なんだこれ、ごめんよ、と心の中で謝る。
午後12時。
搾乳が終わったら、次は牛の飲み水をどうするか考える。
牛の飲水量は1日100リットル以上。しかも今日は暑い。
山の上に沢があるから、そこに牛を放すか。白滝の町の方は水が出るから汲んで運ぶか。いや足りない。
すると、反対側の隣の酪農家さんが、うちは落差で水を出してるからじゃんじゃん出るよ!と言ってきた。
神!ここに現る!
倉庫から大きなタンクを出してきて水をもらいに行く。
あっという間に溜まるほどじゃんじゃん出る。助かった。
牛が飲んで空になっている水槽に、タンクから水を足す。
間に合いそうだ。良かった。
全道的に停電していて、復旧には最低でも三日かかるという情報が入る。愕然とする。
左手の人差し指がつって曲がらなくなる。
頑張ったね、といってさする。右手も頑張ってるねといってさする。
午後1時半
もうこんな時間。家に帰るとなかなか帰ってこない私をじっと待っていた猫に迎えられる。
朝の散歩をしてもらえなかった犬はあきらめてふて寝している。
犬と猫の水は十分足りそうだ。エサもたくさんある。
お昼ご飯を食べる。幸いガスコンロは使えるので料理はできる。
疲れて横になる。外はいい天気で暖かい日差しが窓から入り込む。いつもなら気持ちよく昼寝している時間だが、今日は眠れない。
午後2時半。
発電機を持っていない酪農家さん達も順番に搾乳することになり、借りていた発電機と真空ポンプを返す。
単純計算で我が家に回ってくるのは夜の10時は過ぎそう。
待てないので他の発電機と真空ポンプを探す。
午後3時。
情報を得る為にポケットwifiを持って電波のありそうなところまで車で行く。
久々に繋がったケータイにはたくさんのメッセージが入っていた。
Facebookに自分の安否を書き込んでネットニュースをちらっと見ると、大変な事になっていることをやっと知る。しかも電気復旧まで一週間かかるというものもある。信じられん!
電波を求めて道路に出て、メッセージに返信していると、通りすがりのじいさんに話しかけられる。
みんなが原発反対なんていうからこんな事になるんだ。
じじいのこの一言で私はイライラし始める。
長い話と電気は必要なんだから原発も必要というじじいの話を無反応でやり過ごす。
停電と原発は全然問題が違うんだよ!泊原発動いてたらもっとやばい事になってるんだよ!放射能漏れたら北海道の半分住めなくなるんだよ!ここだって風の流れと地球の自転で他人事じゃないんだよそんなこともわかってないのかこのバカヤロー!!!
と心の中で毒を吐く。
じじいが去った後にケータイに目を戻すと、”圏外”の二文字が。
イライラがピークに達する。
頭から煙が出てたと思う。
午後5時半。
日が落ちていく。日が短くなったなーと強く感じた。
朝と違って、真っ暗になっていくこの時間に不安を感じる。いつまで停電続くんだろう。。。
午後6時半。
農協の職員さんが、別の酪農家さんで使っていない真空ポンプ付きのバケットと、ガソリンスタンドで使っていた発電機を持ってきてくれる。ガソリンスタンドは6時で閉店したので使っていいとのこと。
もうみんな神!ここに現る!
いつもの搾乳は3台のミルカーで1時間で終わるところ、一頭づつ搾るので3時間はかかる。
外からトラクターのライトで牛舎内を照らす。
薄暗いなかの搾乳。牛達も協力的で、この苦難を乗り越える同志のように感じる。
搾乳を終えて時計を見ると10時を過ぎていた。
すべての仕事を終えて、トラクターのライトを消すと、満天の星空にのけぞる。
電気が必要なのは人間だけなんだなと星空を眺めながら思う。
午後10時半。
母が作ってくれたカレーを食べるが、お腹空きすぎと疲れで食欲なし。
明日朝7時までに発電機をスタンドに返す約束なので、搾乳3時間で逆算して3時には牛を集めなくてはならないことになる。
膝の悪い父が、びっこをひいて歩いている。かなり痛いらしい。
電気がくる前に親が倒れたらどうすればいいんだろうと思う。
午後11時過ぎ。
ベッドに入るが不安と興奮で寝付けず。
ほとんど家にいなかったからか、猫がべったり。
9月7日
午前3時。
たいして眠れないまま起床。まだ停電している。
真っ暗な中、放牧地で寝ている牛を起こして集める。
なんでやねん、さっき搾ったばっかりなのになんでやねんって顔で見られる。
おっしゃる通りなんですが、7時までに搾乳終わらないとまたいつ搾乳できるかわからないんですよ、と説明しながらどうにか牛舎に入ってもらう。
昨晩で要領がわかってるのと、搾乳間隔が短いので乳量が少なく、早く終わりそう。
午前4時半。
7頭目の搾乳をしていた時、牛舎の電気がついた。
おぉーーーー!!電気キターーーー!!!
電気つけた牛舎ってこんなに明るかったけ、眩しすぎる。
廃棄を覚悟していたアイスは、なんとカチコチのまま凍っていた。
一度も扉を開けなかったのが良かったらしい。
カップに詰めた小さいのだけ半分溶けていたけど、アイスの被害はそれだけ。
午前8時。
テレビをつける。被害の全容を知る。
未だ全道の6割で停電している。この辺りは早い復旧だったらしい。
お風呂を沸かして入る。気持ちよすぎ。
午前10時。
再びポンプで汲み上げた水は泥混じりで、レンガ色の水が出てくる。
牛の飲む水槽を4箇所掃除してまわる。
だいぶきれいな水が出るようになってきた。
午後4時。
夕方の搾乳を始める。一頭だけ乳房炎になっていた。
牛への影響もこの程度で済んで本当に良かった。
午後6時半。
疲れと安心感とで緊張の糸が切れた。
泥のように眠る。
9月8日
ほとんどの地域で電気復旧したみたい。良かった。
牛乳の受け入れ先の工場も復旧して集乳が始まった。いつもの日常が戻ってきた。
午前中に、疲れを癒しに父と隣町の温泉へ行く。
帰ってくると山の上で牛が分娩していた。
母子ともに元気。停電の時に産まれなくて良かった。
旭川へアイスの配達に行っていた母がお寿司を買って帰ってきた。
無事乗り切ったお祝い。
お疲れ様。
丸一日散歩しなくてごめんよ。